Contents

手遅れな勘違いもある

この記事はAIの支援を受けて作成しています。

戦争論/多木 浩二|岩波新書 - 岩波書店 という本をを読んでてふと思ったことと、同時に少し前にみた記事の中であったOSSコミュニティで昔あった炎上の話が頭の中でつながった。

AIと相談してるとなんか妙につながったり、つながらなかったりしたので一応記事にしといた。

頭蓋骨を測った男たち

ルワンダのツチ族とフツ族、もともとそんなにガチガチの民族区分じゃなかったらしい。牛をたくさん持ってる層がツチ、農耕中心がフツ、くらいの緩い社会・経済区分に近かったという話。

そこに「科学的な人種論」を持ち込んだのが植民地統治者たち。ツチは他所からやってきた優れた支配民族で背が高くて鼻筋も通ってて知的、という「ハム仮説」。ドイツ統治期からベルギー統治期にかけてこれが制度として固定化されていく。1933年前後には身分証にツチ/フツ/トゥワの区分を明記、頭蓋骨計測やら鼻の高さの測定やら、疑似人類学的な「調査」までやってる。くだらん茶番だが、当時は本気でやってたんだろう。

背景には19世紀ヨーロッパで広まった人種論、ゴビノーの『人種不平等論』みたいな思想潮流がある。ゴビノー自身がルワンダを論じたわけじゃないけど、「文明化した人種/劣った人種」って枠組みを広めた点では、後の悲劇への地ならしをした側面はあると思う。

独立前後にベルギーは多数派フツ側に体制を乗り換えて、それまで優遇されてたツチへの恨みが政治利用される構図ができる。この緊張が1994年のジェノサイドまで長く尾を引く。

数十万人規模の死者もえげつないが、もっと重いのは「隣人が隣人を殺した」という事実。制度が生んだ分断が末端の人間関係そのものを焼け野原にした。人口は数字上回復しても、コミュニティの信頼っていう社会インフラの復旧には破壊にかかった時間よりずっと長い年月がかかる。壊すのは一瞬の政策決定で済むのに、直すのは何世代もかかる。理不尽だ。

ベルギーやドイツは「間違ってた」と断罪できるのか

当時の統治者たちも、自分たちの理屈では「近代的な行政制度を導入してる」「合理的な統治をしてる」つもりだった側面はあるはず。悪意だけで全部説明するのは単純化しすぎな気がする。

だとすると、今の時代に「正しい」「合理的」と信じてやってる介入や制度設計も、数十年後には同じように断罪される可能性がある。途上国への食糧援助が現地の農業基盤を壊して長期的な自立を妨げた、みたいな話は構造としてこれに近い。当事者は善意のつもりでも、外部からの介入自体が現地の力学を歪める。

この視点に立つと、ゴビノーやベルギー統治者の本当の問題は「介入したこと」自体より、「自分たちの理論に確信を持ちすぎて、現地からのフィードバックを無視したこと」にあったんじゃないか。当時のヨーロッパにも人種の生物学的優劣という理論への懐疑はすでにあった。それでも都合のいい理論に飛びついて、検証を怠った。そこに責任がある気がする。

OSSの「政治的発言禁止」ルールと、その裏で起きたこと

「争いの火種になりやすく、本質的な目的に不要な話題は避けるべき」って原則、OSSコミュニティの「政治的発言を持ち込むな」ってルールとも重なる。実際、大規模OSSプロジェクトの多くはメーリングリストやissueでの政治・宗教的な話題を明示的に禁止してる。

ただ現実には、この「何を政治的とみなすか」自体が火種になった事例がある。

Linuxカーネルのコード・オブ・コンダクト騒動(2018年)

2018年9月、Linuxカーネルコミュニティは、それまでの簡素な「Code of Conflict」を、Contributor Covenantベースの詳細な「Code of Conduct」に置き換えた。この変更のわずか30分後、創始者のリーナス・トーバルズは自身の言動を省みるとして開発から一時的に離れることを表明した(It’s FOSS)。

このCoCの主著者コラリン・エイダ・エムケは、騒動の翌日「SJWに侵食されたLinuxからの大量離脱が楽しみだ」って趣旨の投稿をして、さらに翌々日にはこのCoCは政治的な文書だと明言してる(Lev’s developer blog)。なんやこいつら、って正直思う。これでCoC導入そのものが「政治的な運動の持ち込みだ」と受け止める側と「必要な行動規範だ」と支持する側の対立が先鋭化した。

一方でCoC導入を後押しした側にも言い分はある。開発者のセージ・シャープは、CoC以前の「有害なコミュニティ」を理由に、すでに2015年の時点でLinuxカーネル開発から離脱してた(It’s FOSS)。つまりこの一件、「政治的発言を規範化したことで人が離れた」だけじゃなく、「規範がなかったことで先に人が離れてた」っていう両方向の離脱が同時に存在してた事例でもある。詰みポイントがどっちサイドにもあったって感じ。

OpalGate(2015年)

Rubyの処理系の一つOpalのコア開発者がTwitterで行ったトランス差別的な発言をめぐって、プロジェクト外の人物も巻き込んだ大規模な炎上が起きた事例。

認識ミス: 発言した本人はプロジェクトの「メンテナー」だと当初書いていたが、Geek Feminism Wikiの記録では「self-identified OpalRB core contributor」(自称コア貢献者)とされていて、メンテナー(プロジェクト管理者)そのものではない。修正した。

除去を求めるissueには374件のコメントが67人の参加者から(Geek Feminism Wiki)。その後別途「行動規範を採用すべきか」というissueが立ち、こちらに436件のコメントが60人の参加者から寄せられ、最終的にプロジェクトはContributor Covenant version 1.0を採用するに至った(Geek Feminism Wiki)。

補足: 元の草稿では「436件/60人」を騒動全体の数字のように書いていたが、正確には行動規範採用issueの方の数字。除去要求issue自体は374件/67人と、こちらも相当荒れている。

この一件を批判する側からは、「プロジェクトと無関係な私的発言まで規範の対象になるなら、参加者は常にプロジェクトを代表していることになり、事実上何を言っても規範違反になり得るのでは」という指摘がなされた(Paul M. Jones)。この反発から、行動規範への対抗運動として「NoCoC」と呼ばれる取り組みも生まれてる(Model View Culture)。

これらの事例が示すのは、「政治的発言を禁止する」ってルール自体が、運用次第でさらに政治的な対立を生む種になり得るってこと。何を「政治的」「不適切」と線引きするかの判断そのものが、価値観の表明にならざるを得ない場面がある。異端認定は現代の反社認定と同じ構造なんだろうな、と思う。

迂闊な言葉を禁止することさえ、迂闊かもしれない

ここまで整理すると、入れ子構造が見えてくる。

  • 「正しい」と信じて行った制度設計や介入が、後年、取り返しのつかない結果を招くことがある(ベルギーの人種政策)
  • その反省から「争いの火種になる発言は避けるべきだ」ってルールを作っても、そのルールの運用や線引き自体が新たな対立を生むことがある(Linux CoC騒動、OpalGate)

つまり「迂闊な言葉を喋らないようにしよう」って自制も、「それを制度として禁止しよう」って一歩先の判断も、どっちも将来から見れば迂闊だったと評価される可能性からは逃れられない。

ならば、何が正しいのか

結論から言うと、それを事前に知る方法はない。

見えてる地雷は避けられる。でも見えてない地雷は、踏んでみるまで地雷だとわからない。これは原理的な限界で、慎重さや知識でゼロにできる種類の問題じゃない。

それでも今できること

開き直って何も考えないようにする、ってのも一つの選択だけど、実務的にはもう少し現実的な着地点がある。

目に見えてる地雷は、とりあえず避ける。政治・宗教・人種みたいに過去に何度も火種になってきたと分かってる話題は、本質的な目的(OSS開発ならコードを書くこと)に不要な限り、意図的に避けて構わない。それで離れる人がいても仕方ないと割り切る。

目に見えない地雷を踏んでしまったら、少なくとも反省はする。事前に避けようがなかった以上それ自体を責める必要はないけど、結果として誰かに迷惑をかけたなら反省して必要なら謝罪する。「正しいと思ってやったことだから」って理由で結果への向き合いまで放棄するのは別の話。ベルギー統治者の本当の問題も、介入したこと自体より、フィードバックを無視し続けたことにあった。

見えない地雷を全部事前に除去することはできない。できるのは、見えてる地雷を踏まないことと、踏んでしまった後にきちんと向き合うことだけ。