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ヨーロッパとゲルマン部族国家を読む③

この記事はAIの支援を受けて作成しています。

Q1028 ヨーロッパとゲルマン部族国家 - 白水社

②の続き。今回は傭兵システムの内実と、ローマが貨幣とキリスト教でそれぞれ何をやらかしたか、というあたりのメモ。

蛮族傭兵、雇い主が違うと平気でぶつかる

②で書いた通り、ゲルマン人はかなり早い段階からローマ軍に組み込まれていた。ただこれ、「ゲルマン人 vs ローマ」みたいな単純な図式ではなくて、雇い主が違えば蛮族同士でも平気でぶつかる。ゴート族もフランク族も、あくまで「今の雇用主」のために戦っているだけで、民族的な団結で動いていたわけではなさそうだ。前回の「フランクという名前自体が後付けの総称」という話ともつながっていて、当事者たちにとって「ゲルマン人としての連帯」よりも「今どこに雇われているか」の方がよほど実利的な行動原理だったんだろう。

大移動は「突然」ではない

これも②の延長線上の話。「ゲルマン民族大移動」という呼び方から受ける「ある日突然、大群が押し寄せた」というイメージは誤りに近い。リーメス沿いでは何世紀も前から交易・交渉のパイプが機能していて、②で触れた「傭兵経由で情勢が漏れ伝わる」構造もそう。移動というより、既存の接触の延長線上で徐々に流入が増えていった、と捉える方が実態に近いらしい。

ローマの3世紀:内乱・対ササン朝・そして貨幣

②でも235年のセウェルス・アレクサンデル暗殺から始まる軍人皇帝時代の混乱に触れたが、これに輪をかけて効いたのが貨幣の劣化。デナリウス銀貨は帝政初期から品位低下が続いていたが、3世紀の軍人皇帝時代には銀箔を被せただけの銅貨同然にまで落ちた(コトバンク「デナリウス貨」)。テトリクス帝(271〜274年)発行のアントニニアヌス銀貨に至っては銀含有率0.5%程度で、貨幣の信用は完全に崩壊していたという(「古代ローマの通貨」parisii.jp)。

内乱の戦費とササン朝との戦争、両方の出費を賄うために銀の含有率を下げて数だけ確保する、という問題を先送りにする形での延命をやった格好になる。ディオクレティアヌス帝の通貨改革(銀100%のアルゲンテウス銀貨の新規発行)まで、この状態がずっと続いたことになる。

ローマ化の道具としてのキリスト教、と、その裏目

蛮族をローマ社会に組み込む際、キリスト教が同化のツールとして使われた、という話。これ自体は納得できる話で、共通の宗教は統治コストを下げる。

ただ皮肉なのは、ローマがキリスト教を利用する以前、まさにこの3世紀にキリスト教徒自身が皇帝から迫害されていたという点。デキウス帝(在位249〜251年)は全帝国規模でキリスト教徒に神々への祭儀を義務づける勅令を出し、拒否した信者を殉教に追い込んでいる(Wikipedia「古代末期のキリスト教」)。理由は単純で、キリスト教徒は一神教で皇帝崇拝という政治儀礼を拒否するため、体制側から見ると「皇帝の権威よりも信仰を優先する不忠な集団」に見えたということらしい(カトリック中央協議会「古代のキリスト教」)。

補足: デキウス帝の迫害は250年、ゴート人など蛮族の侵略が背景にあったとされる(Wikipedia「古代末期のキリスト教」)。デキウス自身、翌251年にゴート軍とのアブリットゥスの戦いで戦死しており、迫害は結果的に短命に終わっている。

つまり同じキリスト教が、時期によって「迫害対象」にも「統治の道具」にもなっている。宗教そのものの性質というより、皇帝側の統治上の都合でどちらにでも転がる、という話に見える。

徴兵制度が生んだ「量はあるが質は低い」現地兵

ローマは徴兵を始めるが、金銭の支払いで兵役を免除できる仕組みがあったため、免除金を払えない貧乏人ばかりが実際に徴兵される構造になった。結果、数だけは揃うが質は低い現地兵が量産される。

さらにこの現地兵、装備もおそらく自前だったと考えると、質の低さに拍車がかかる。ローマがどんどん蛮族傭兵に頼らざるを得なくなっていくのも、この現地兵の質の低さと表裏一体だったんだろう。

そして構造として救いがないのが、その現地兵が実際に戦う相手のほとんどが蛮族であること。蛮族側もろくに金を持っていないので、戦っても略奪する実入りがほぼない。質の低い兵士が、儲からない戦争を延々とやらされるという、誰も得しない構図になっている。

蛮族側の土地と市民権

蛮族傭兵は当初、軍人としての比率が大半を占めていた。見返りとしてローマから土地を与えられ、定着や市民権につながるケースもあった。ただしこの市民権付与、蛮族の待遇改善というよりリーメスの防衛を担わせるための実利的な配置という側面が強い。フォエデラティ(foederati)という、ローマと条約を結んだ部族への土地供与の仕組みが4〜5世紀にかけて制度化されていくが、これも税収減少にローマが対応するための現実的な妥協だったようだ(Wikipedia「フォエデラティ」)。

「市民権をあげるから守ってね」という取引に見えるが、これがのちのち各地方が自立的にまとまっていく(=帝国が分裂していく)遠因にもなっていくらしい。

感想

貨幣の話も徴兵の話も、根っこは同じで目先の帝国存続のための場当たり的な対応が、長期的には自分の首を締めているという構図に見える。銀を薄めて延命したら信用が崩れる、免除金で徴兵を回避させたら現地兵の質が落ちる、蛮族に頼れば頼るほど帝国の中身がゲルマン化していく。どれも「その場ではまあ合理的な判断」なんだけど、積み重なると詰んでいく感じがして、現代の組織運営とも重なるところがある気がする。

AI補足

概ね一致している点

  • デナリウス銀貨の品位低下が3世紀の軍人皇帝時代に急激に進行し、実質的に銅貨同然になったこと
  • デキウス帝による全帝国規模のキリスト教迫害(250年)と、その背景にゲルマン人(ゴート人)の侵略があったこと
  • フォエデラティ制度がローマ側の税収減少への対応として、蛮族への土地供与という形で制度化されていったこと

諸説あり・留保が必要な点

  • 「徴兵の質の低下」と「蛮族傭兵への依存拡大」の因果関係については、ユーザーメモの解釈に沿う形で書いたが、この因果の強さ自体は文献によって強調点が異なる可能性があり、断定はできない
  • 「現地兵の装備が自前」という点は一般的なローマ軍装備事情からの推測を含み、この時期・この兵種に限定した直接的な裏付け史料までは今回確認できていない

参考