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田中克彦『ノモンハン戦争』読書メモ①

この記事はAIの支援を受けて作成しています。

ノモンハン戦争/田中 克彦|岩波新書 - 岩波書店

田中克彦『ノモンハン戦争―モンゴルと満洲国』を読んでる。頭から引張だして書いたメモなので時系列ガン無視で。

補足: 書誌を確認したところ、版元は岩波書店で合っているが、正確には岩波新書(新赤版1191、2009年刊)。全241pの新書サイズ。

構成について

タイトルは「ノモンハン戦争」だが、戦争そのものの経過を扱ってる分量は薄い。大部分は当時のモンゴル(外モンゴル・内モンゴル・ブリヤート)が置かれていた政治的・民族的状況の記述に割かれている。戦争の背景を厚く描くための構成として理解はできる、という前提で読んでいる。

汎モンゴル主義

外モンゴル(モンゴル国)、南モンゴル(現・中国内モンゴル自治区)、ロシアのブリヤート共和国を統合し、大モンゴルを再興しようという思想。場合によってはトゥヴァやアルタイ共和国まで含めることもある。

帝政ロシア・清朝が崩壊したあと、国境線によってバラバラにされたモンゴル系民族を再統合しようとする動きで、ブリヤートの知識人が学術・言語整備(モンゴル文語の統一とか)を通じて民族意識の形成に関与していたらしい。

面白いのが、「汎モンゴル主義」という呼び方自体が西洋側の視点による命名だという点。当時の帝政ロシアやソ連、西欧には、モンゴル系や東アジア系を個別の民族的文脈を無視してまとめて「イエローモンキー」的な人種カテゴリで括る風潮があった、と。名付ける側の視線がそのまま用語に残ってる感じで、なんというか、うんこイベントの匂いがする。

三蒙統一主義という言い換え

これは著者・田中克彦による再定義語。「汎モンゴル」だとトゥヴァ・アルタイなど本来の統一主体とは別の集団まで含意してしまうため、実際に統一の主体だった3つのモンゴル系集団(外モンゴル・内モンゴル・ブリヤート)に絞って「三蒙」と定義し直している。

対比としてはこう整理できる。

用語 由来 ニュアンス
汎モンゴル主義 西洋側からの呼称 人種主義的な含みを持つ、ざっくりした括り
三蒙統一主義 田中克彦による再定義 当事者の実態(3集団)に即した用語

呼称一つで含意がまるっと変わるの、歴史用語あるあるだけど、著者がわざわざ言い換えてるってことは相当こだわりがあるポイントなんだろうな。

補足: 「三蒙統一主義」という語自体をネットで検索したが、それらしいものは出てこなかった。学術用語として定着しているかは未確認。関連書籍としては、ボルジギン・フスレ『ハルハ河・ノモンハン戦争と国際関係』(三元社、2013年)がヒットした。同じくノモンハン戦争と国際関係を扱っている本らしいので、気になったら次はこっちも読んでみたい。

感想

今のところノモンハン戦争そのものより、その手前の民族史・国境史の部分の方が面白い。「誰の土地で、そこに住んでた人たちがどういう状況だったか」を追う視点、現代の国境紛争にもそのまま応用できそうな枠組みだと思う。続きあれば②へ。

AI補足

  • 概ね一致している点: 版元・刊行形態(岩波新書、2009年刊、新赤版1191)、ノモンハン戦争の犠牲者規模(双方合わせて約2万人)、目次構成に「汎モンゴル主義」「受難のブリヤート人」の章が存在すること。
  • 諸説あり・留保が必要な点: 「三蒙統一主義」は検索しても該当する情報が出てこなかった。田中克彦オリジナルの造語かどうか、学術的に定着した用語かどうかは未確認のまま。書籍本文の直接引用ではなくメモからの再構成のため、正確な文言は原著で要確認。