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大東亜共栄圏を読んでいる雑記①

新書を借りて読んでいる。テーマは大東亜共栄圏。2章くらいまでみた。覚えてなかったり、理解してない部分が多いので記憶からメモを掘り起こして清書した。

資源問題の構造的詰み

日本が満州を獲得したものの、肝心の石油が出なかった。近代戦争における石油の重要性を考えると、これは致命的な欠陥だった。

石油を求めて目を向けたのが東南アジア、特に蘭印(現インドネシア)だった。スマトラ島やボルネオ島に大油田があり、ボーキサイト(アルミニウムの原料)やニッケルまで揃っていた。ビルマにも油田はあったが、イギリスの記録によれば「大した量ではない」らしく、メインはあくまで蘭印だった。

ちなみにニッケルは装甲鋼板や砲弾の被甲に使われる合金素材で、鉄だけでは強度が足りない場面に混ぜて使う。ボーキサイトは航空機の機体に使うアルミニウムの原料だ。ゼロ戦を大量生産するには蘭印が必要だった、という構図が見えてくる。

アメリカとの対立

問題はアメリカだった。満州を手放せ、さもなくば石油輸出を止めるという圧力をかけてきた。日本はエネルギーの約80%をアメリカに依存していたため、これは実質的な詰みだった。

陸軍は満州を手放すことを絶対に認めなかった。長年の犠牲の末に得た満州を手放すことへの埋没コストへの固執、とも言える。海軍はオロオロしていたらしい。結果として開戦に踏み切ることになる。

42年の生産目標という現実逃避

本に記載されていた42年の生産目標がすさまじかった。

  • 鈴:10万トン
  • 鋼材:3,000万トン
  • 銅:60万トン
  • 亜鉛:45万トン
  • アルミニウム:60万トン
  • 石炭:6億8,000万トン
  • ニッケル:7万トン
  • 石油:2,000万キロリットル

41年の実績と比較すると、石炭ですら1/5程度しか達成できていなかった。石油にいたっては雀の涙だった。この実績から翌年に数倍の目標を設定するというのは、現実を無視した数字としか言いようがない。

「できません」が言えない組織構造が、現場の実態とかけ離れた計画を生み出していた。大本営発表が現実と乖離し続けたのも、悪い情報が上に届かない同じ病理だろう。

綿花という盲点

石油ばかりが注目されるが、本によると綿花の不足も深刻だったらしい。

綿花は衣類や生活用品の原料というイメージがあるが、実は無煙火薬(ニトロセルロース)の原料でもある。綿花を硝酸と硫酸の混合液に漬けることで火薬になる。これは1845年にスイスの化学者シェーンバインが奥さんのコットンエプロンで硝酸をこぼしてふき取ったら爆発した、という事故から発見された。

つまり綿花不足は弾薬不足に直結する。日本は綿花をインドとアメリカからほぼ全量輸入していたが、開戦によってどちらも断たれた。共栄圏内に代替産地が少なかったことも痛かった。

計画の前提が崩れる構造

開戦前、国内のコメは既に不足していた。しかし共栄圏内からの輸送が成功することを前提にすれば計算上は間に合う、という見立てだったらしい。

タイ・仏印・ビルマはコメの大産地だ。そこから輸送できれば帳尻は合う。ただしアメリカの潜水艦が輸送船を沈め続けたため、せっかく占領した地域の資源が本土に届かないという事態が生じた。計画の前提が一つ崩れただけで全体が詰む、単一障害点だらけの設計だった。

日中戦争との同時並行

太平洋戦争(1941年〜)と日中戦争(1937年〜)は別物だ。日中戦争が泥沼のまま終わらない状態で、太平洋戦争を追加で始めた。さらにビルマ・東南アジアでも戦線を張ることになり、実質3正面作戦に近い状況だった。

農村の働き手が兵士として根こそぎ動員されることで農業生産力が落ち、兵站で米を大量消費することで国内に回らなくなる。石油が来なければ農業機械も動かない。負のスパイラルが重なっていた。


まだ読み途中なので続きはまた書く。資源の話が中心だが、当時の意思決定の歪みが数字を通じてよく見えてくる本だと思う。